「チェンジリング」/と政治的な善

チェンジリング [DVD]

クリント・イーストウッドの映画は見ちゃいけない、あたしは。悪夢に悩まされたり、体の調子が悪くなったりするんだ。

だけど、アンジェリーナ・ジョリーにつられて、この映画を見てしまった。アゥ。

この映画のクリスティン(アンジェリーナ・ジョリーの役)と非常に似た境遇として思い出すのは、拉致被害者家族。
彼らも、拉致が認定されるまでは、行政や警察から、冷酷に扱われてきたと、聞く。もっとも、拉致被害者家族の場合、警察は法に則ってのやり方しか出来なかったのだろうし、行政も、いわゆる「優先順位」だか「国際的配慮」だか「日本国の利益」だか、の権力側にしてみれば、感情的ではない大局にたった公平な!行為だったわけで、そこは映画の無頼漢みたいな警部と話しは違うが。

しかし、こうした(当局が唱える)公平とか正義の出来事は、わたしにとって、不条理劇の中で窒息させられていくような恐ろしさがある。

もしかしたら、あたしは、心情的には、アナーキーっぽい、至上自由主義者なのかなあ・・。
もちろん、あたしは政治なんてわからないし、政治的な信条なんて全く、ないんだけどね。

まあ、ともかく、かつて、アメリカで死ぬまで苦しみの日々を生きた女がいたってことだ。

※今でも忘れられないのは、拉致の被害者達が帰ってきたとき、彼らを北朝鮮に返せ、と言う役人や知識人がいたこと。もう少し、彼らの声が多かったら、、(つまり、そこまで、政治的正義は弱者をこづき回すのか)と考えると、震えがくる。あたしは、そうゆう、、行政が強い世の中は絶対、嫌だ。